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2013年1月13日 (日)

農家を作る その3. 試作してみた

農家を作る その1. で書いたけど、私自身1/45なんて大きなスケールで家一軒を作るのは初体験だ。

HOサイズなら、柱の太さや1間の模型化寸法が頭にありいちいち試作など必要ない。樹木にしても家との対比でどれほどの大きさ太さがあればいいのか、今ひとつピンとこないのだ。

こんな時は試作を作って大きさの感じをつかむのに限る。

ということで作ってみました。

R0016288s

手前のスケールが30cmなので、やっぱり大きい!

屋根は結果から言うと一尺勾配にした。
現在の一般家庭の瓦屋根だと4寸勾配(一尺いって4寸上がる)程度が多いのだろうけど、茅葺では雨水が流れやすいように、瓦葺きよりはるかに急勾配だ。

最初は4寸勾配の倍で8寸勾配、つまり10cm行って8cm上がる勾配で作ってみたが、どうも可愛くない!

屋根は大きいほうが模型として見栄えがする、と考え45度の急勾配になる一尺勾配とした。

縁側はこんな感じ。

R0016286s_2

柱の太さは通常の柱を5寸角とし、模型ではノースイースタンの3.2mm角の使用を前提として試作を作った。 実はこの3.2mm角の採用は検証が甘かったことを後で知らされることになるのだ。

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2013年1月 9日 (水)

農家をつくる その2. 参考資料を集める

昨年の10月に「来年の春までに農家を作ることになった・・・」と書いた。 アノ時はまだまだ数か月はあると思っていたのに年が明けてしまった!

その間に進めていたのは主に資料取集で、最初は保存された茅葺農家を見に行けば基本的構造はわかるし、まごまごすればそのまま縮尺して作ってしまおう。などと安易に考えていた。

しかし、2~3か所見るうちに保存されたものは移築されており、非常にきれいに、かつ現在の消防法に(?)合致するよう作られており今ひとつ製作意欲を湧き立たせる「何か」が足りなかった。

私の頭の中にあるのは、今から50年ほど前、子供のころ墓参りを兼ねて毎年行っていた山梨県勝沼の親戚の家だった。

間取りは「田の字型」と呼ばれる関東ではきわめてオーソドックスな家だった。田の字型とは簡単に言えば、大黒柱を中心に間取りがそれこそ田の字型に配置されているもので、一般の農家では一番多いと思われる。

同じ山梨の親戚でも、はるかに大きな家もあったがより小さな「田の字型」の親戚の方が子供心ながらも「いい人達だ。」と思っていたし、私の両親も同じだったとみえ、その家では充分にくつろいでいた。 だから、作りたいのもこのシンプルな家なのだ。

そこには私が高校生くらいまでは頻繁に行っていたので、写真くらいはあるだろうとアルバムをひっくり返してみたが、庭での集合写真程度しかなく。肝心の家が写っているものが一枚もなかったのはショックだ。

細かいとこを聞こうと思っても、私の両親も、親しい親戚も今はもうすでになく、私の記憶の糸をたどるしかなかった。

しかし、幸いにも一昨年の春に、生まれ育った東京を離れ、埼玉県の北本市に引っ越してきていた。 この辺は駅から少し離れれればまだまだ田園風景が見られる。

そこで、頼りにしたのが北本市の生涯学習課だった。つまり市のほうで古民家を文化財的な管理をしていないかと思った。

これは、見事に当たり、市のほうで把握している古民家をすべて教えてくれた。おまけに北本市教育委員会が昭和50年に発行した「北本の民家」という本まで見せてくれたのには驚いた。

さて、それからは自転車で地図を片手の古民家回りだ。といっても古民家が残る地域は限られており、2日間もあれば回ってしまった。

せっかく紹介いただいたににケチをつけるようだが、多くの古民家は裕福な家と見えて巨大で、立派すぎる。私の親戚の家のような一般農民が住むような家はなかなかなかった。

ただ、一軒だけ思わずひかれてしまう家があった! 最初はちらっと垣間見えた外便所の建物にひかれ、自転車を降りて母屋に続くあぜ道を歩いていくと、そこにはありました!念願のこじんまりした農家が・・・・。

残念ながらすでに茅葺はトタン板に替わってはいましたが、骨組みは明らかにオリジナルだ。

さっそく声をかけてみましたが、無反応。入り口をあけて大声で呼んでみましたが返答なし。耳をすますと外のどこからか音がします。その音の方向に歩いていくと、結構なおばあさんが作業中だった。

どうやら耳が遠いようで大声での会話になりましたが、とりあえずは写真撮影OK。しかし、他人にその写真は見せないでくれということなのでここにも載せられません。

この家は戦争直後に建てたとのことで思ったより古くはなかった。現在はこのおばあさんが一人で住んでいるとのこと「お金がないのでこんなきたない家のままで・・・。」とひとしきり身の上話を聞くことになったのだ。

その後は、たくさんの写真を撮らせていただき、複雑な気持ちで帰途についた。 今年は例年になく寒い冬で、あのおばあさんはどうしているかな? 

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